1970〜80年代、2ストローク500ccの世界グランプリを走った男達を、毎月1人ずつたどる読み物です。

1975年、2ストロークが初めて世界を獲った日

ジャコモ・アゴスティーニ

時代が音を立てて変わった年

このシリーズのタイトルは「2スト500cc」。ならば、絶対に外せないシーズンがある。

1975年。史上初めて、2ストロークマシンが最高峰500ccクラスの王座に就いた年だ。

それまでの500ccは、MVアグスタの4ストローク多気筒マシンが支配する世界だった。甲高く咆哮する4ストのイタリアンレッドこそが王者の証。だがこの年を境に、勢力図は完全に塗り替わる。以後、2002年にMotoGPが4スト化されるまでの四半世紀、500ccの頂点に立ち続けたのは2ストロークだった。

その扉をこじ開けたのが、皮肉にも「4スト最後の王者」ジャコモ・アゴスティーニと、ヤマハYZR500だったのである。

因縁の構図〜アゴ対リード、ヤマハ対MV〜

1975年の500ccは、単なるタイトル争いではなかった。そこには幾重にも折り重なった因縁があった。

アゴスティーニ(ヤマハ):MVアグスタを7連覇に導いた元エース。1973年、チームに加入したフィル・リードに王座を奪われ、翌74年にヤマハへ電撃移籍した。
フィル・リード(MVアグスタ):アゴから王座を奪い、1973・74年と2連覇中の現王者。4ストMVアグスタの最後の砦。
バリー・シーン(スズキ):先月の主役。開幕前のデイトナで大クラッシュを喫しながら、この年GP初勝利を挙げて頭角を現す。

元エース対後継者。日本の2スト対イタリアの4スト。役者は揃った。

シーズンの流れ

開幕戦フランスGP、アゴスティーニがいきなり優勝して口火を切る。続くオーストリアGP(ザルツブルクリンク)では、同じYZR500を駆る金谷秀夫が優勝。しかも同日の350ccも制する離れ業を演じた。日本人ライダーが最高峰クラスでの勝利、ヨーロッパを中心に回っていた当時のグランプリにおいてこれがどれほどの快挙だったか。日本のファンとして、このことは強調しておかねばならない。

アゴスティーニは西ドイツ、イタリア(自国開催)と勝ち星を重ねる。一方、主力勢がボイコットしたマン島TT(この経緯は来週詳しく)を挟み、第6戦オランダGPアッセンでは歴史的な一戦が待っていた。アゴ、シーン、リードの三つ巴のトップ争い。制したのはシーン——彼のGP500初優勝である。アゴスティーニは僅差の2位。バリー・シーン月間をお読みいただいた方には、あの7月の記事とここで話が繋がるはずだ。

シーズン後半、巻き返したのは前年王者のリードだった。MVを駆って連勝し、タイトル争いは最終戦チェコスロバキアGPまでもつれ込む。

最終戦、王者の計算

最終戦を迎えた時点でのポイントリーダーはアゴスティーニ。リードが優勝しても、アゴが上位(7位以内とされる)に入ればタイトル獲得という状況だった。

序盤はシーンらスズキ勢が絡むも相次いでリタイア。先頭を行くリードに対し、アゴスティーニは無理に仕掛けることはなかった。その時のアゴスティーニは勝負師の顔から、冷徹な計算者へと変貌していた。
2位でチェッカーを受け、自身15個目にして最後の世界タイトルを、そしてヤマハにとって初の2ストローク500ccライダーズタイトルを確定させた。

10戦4勝、2位2回。33歳のベテランは、キャリア最後の輝きを2ストロークマシンの上で放ったのだった。

数字の裏側〜「幻の王者」リード〜

このシーズンには、知る人ぞ知る後日談がある。実はシーズン総得点ではリードの方が上回っていたとされるのだ。当時の500ccは有効ポイント制(上位リザルトのみ集計)を採用しており、この規定によってタイトルはアゴスティーニのものとなった。

ルールはルール。両者とも同じ条件で戦った以上、アゴの王座に一片の曇りもない。だが、リードの側に立てば「勝ち点では勝っていたのに」という思いが残ったであろうことも、また想像に難くない。二人の確執については、来週のパドック・エピソードにて。

この年が遺したもの

1975年のランキング上位10人のうち、8人が2ストロークマシンに乗っていた。翌1976年、シーンとスズキRG500が王座に就き、MVアグスタはGPから姿を消していく。1976年のニュルブルクリンクでアゴスティーニが挙げた1勝が、4ストローク500ccの最後の勝利となった。

つまり1975年とは、「狂気のマシン」2スト500ccの時代の、真の幕開けの年なのだ。

そしてその主役が、旧時代の王そのものだったアゴスティーニだったという事実。時代の変化を最も鋭敏に嗅ぎ取り、自らの手で旧時代に引導を渡した男。「史上最多」の記録は、この嗅覚と決断力の産物でもあった。

第3週は、ヘイルウッドとの師弟関係、マン島ボイコット、リードとの確執——パドックの人間ドラマに
迫りますのでお楽しみに。

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