アゴスティーニとは何だったのか|8月号まとめ
アゴスティーニ月間・総まとめ〜そして王座はアメリカへ〜
8月に辿った、王の中の王の物語
ジャコモ・アゴスティーニ月間、いかがだったでしょうか。3週にわたって追いかけてきた「史上最多勝の男」の物語を、ここで一度整理しておきたいと思います。
第1週・ライダー列伝〜では、公証人の勘違いから始まった伝説を巡りました。1942年ブレシア生まれ。ヒルクライム上がりの青年はMVアグスタを得て開花し、500cc7連覇・350cc7連覇、通算122勝・15タイトルという、半世紀経った今も破られない金字塔を打ち立てました。
第2週・シーズンレビュー〜では、1975年を取り上げた。MVを追われた男がヤマハYZR500で古巣に挑み、最終戦で王座を奪還。史上初めて2ストロークマシンが500ccを制しました、このシリーズにとって始まりの年とも言えるシーズンでした。日本人・金谷秀夫のオーストリアGP制覇も忘れられません。
第3週・パドック編〜では、人間アゴスティーニに迫りました。師マイク・ヘイルウッドとの死闘、気難しきアグスタ伯爵、フィル・リードとの確執と意趣返し。そして親友ジルベルト・パルロッティの死を受けたマン島TTボイコット——「伝統より命」を選んだ決断は、ライダーの命が軽すぎた時代への静かな反逆だった。
アゴスティーニとは何だったのか
数字の王様。それは間違いない。だが3週を通じて見えてきたのは、〜時代の変わり目を自分の足でまたいだ男〜の姿だ。
4ストの王として君臨し、2ストの時代が来ると見るや自ら飛び込み、そこでも王となった。危険すぎるレースには権威に背を向けてでもNOを突きつける。引退後は監督としてエディ・ローソンなどの王者たちを育てた。
守るべきものと、捨てるべきもの。その見極めの速さと決断力こそが、122勝の本当の中身なのだと思う。
イタリアの至宝は今も健在で、クラシックイベントでMVアグスタの3気筒サウンドを響かせている。80歳を超えてなお「引退している暇はない」と語る姿は、狂気の時代を生き抜いた者だけが持つ、圧倒的な生命力そのものだ。
そして季節は9月へ〜次回予告〜
さて、アゴスティーニ月間の最後は、恒例の翌月予告。名前はまだ言えないが、少しヒントを。
——その男は大西洋の向こうからやってきた。
ダートトラックで腕を磨き、舗装路の常識だったグリップ走行を根底から覆した。リアタイヤを滑らせ、膝を路面に擦る——今では当たり前のあの走り方を、それをヨーロッパに持ち込んだ張本人だ。
GPフル参戦1年目にして、いきなり世界の頂点へ。しかも、そこからの3連覇。
黄色と黒のカラーリング。不敵な面構え。歯に衣着せぬ物言いでパドックの権力者たちとも渡り合い、ライダーの権利と安全のためにも戦った。
母国では、敬意を込めてこう呼ばれる——「キング」と。
アゴスティーニが監督として率いたこともある、この男。9月、「狂気のマシン」の時代はいよいよアメリカンライダー全盛の幕開けへと突入する。お楽しみに。