バリー・シーンはグランプリを「観るスポーツ」に変えた
第1週では、ロンドンの下町からグランプリの頂点へ駆け上がった生涯を。第2週では、デイトナの惨劇から蘇り、1976年・1977年と連覇を果たした奇跡のシーズンを。第3週では、笑い声の絶えないパドックの素顔と、それを支えた人々を。
振り返って気づくのは、シーンの物語には常に「二面性」があるということだ。
道化にして戦略家。無謀にして計算高い。骨を砕かれながら、誰よりも長く笑っていた男。この振れ幅の大きさこそが、半世紀近く経った今も彼が語り継がれる理由なのだと思う。
「速いだけ」の時代を終わらせた男
シーンの功績を一言で言うなら、こうなる。
グランプリを「観るスポーツ」に変えた。
彼以前のグランプリは、熱心なファンとバイク雑誌のものだった。シーンはそこにテレビカメラと一般紙(タブロイド誌含む)と、バイクに乗らない観客を連れてきた。ヘルメットのドナルドダック、ゼッケン7、金髪、コックニー訛りのジョーク——そのすべてが「物語」として機能していた。
スポンサーは物語に金を払う。金はマシンを速くする。速いマシンはスターを生む。この循環を最初に体現したライダーの一人が、バリー・シーンだった。
現代のMotoGPライダーたちがSNSでキャラクターを発信し、ドキュメンタリーで素顔を見せる。その原型を辿っていくと、70年代のパドックで笑っていたゼッケン7番に行き着く——と言ったら、言い過ぎだろうか。
読者のあなたへ
もしこの特集で初めてシーンを知ったなら、ぜひ一度、動画で「動く彼」を見てほしい。
レース映像でもいい。だが個人的には、インタビュー映像をすすめたい。カメラに向かって話すシーンを30秒見れば、この特集で書いてきたことのすべてが腑に落ちるはずだ。ああ、この男は本物のスターだったのだ、と。
連載はもう1週続く。最終週は、シーンを頂点へ運んだ「マシン」のお話——スズキRG500を特集。
そして次回の記事の最後で、8月のライダーをヒント形式で予告します。お楽しみに。